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宇和島市内ウオッチングガイド

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●宇和島傑物伝 マルチ・アーチスト 河野一水

2月19日、「宇和島のダ・ヴィンチ」河野一水さんがこの世から静かに旅立った。享年89歳。ダ・ヴィンチの所以は、芸術家であるとともに科学者でもあったレオナルド・ダ・ヴィンチを思わせるマルチな活躍にあった。
大正5(1916)年南宇和郡御荘町に生まれるが、物心つく頃から宇和島市和霊町で育った。昭和8(1933)年宇和島運輸株式会社に入社の後、石崎百貨店、宇和島自動車等を経て、同24(1949)年から牛鬼の一刀彫りを終生の仕事にした。その作品はモンドリアン的抽象を用いた現代アートであり、民芸品の牛鬼とは一線を画し、海外でも紹介され評価が高い。しかも、宇和島市内で見られる牛鬼の絵画、民芸品、モニュメントなどのほとんどが、彼の作品に何らかの影響を受けているというから凄い。
木彫の他に、写真・絵画の制作、三味線や華道の教授、アルト・サックスのジャズ演奏から宇和島の歴史、文化論まで博覧強記。歴史に関する著書として、昭和58(1983)年国書刊行会発行「ふるさとの想い出写真集・宇和島」は明治、大正、昭和の膨大な写真の中から整理、編集した労作であり、宇和島の大きな遺産である。河野一水作品 青春(『四季の随想 宇和島』から)
晩年の彼が新境地を開いた写真シリーズ「四季の随想 宇和島」は、遺作展としてこの夏商店街で開催が予定されている。


河野一水作品
青春(『四季の随想 宇和島』から)
河野一水さん
河野一水さん

河野一水作 牛鬼
河野一水作 牛鬼

●わが町文化財 JR(旧国鉄)宇和島運転区(錦町)

「トンネルに入ると、煤で真っ黒になった」・・・煙突から黒々とした煙りを吐いてゴトゴトと進む勇姿。SL(蒸気機関車)が子供たちのあこがれの的であったのも今は昔。ここでは、宇和島に到着したSLが転車台に乗り、向きを変え各車庫に入り、点検と保管がなされていた。しかし、昭和45(1970)年四国からSLが姿を消し、宇和島の転車台の役目は終わり、同59(1984)年に宇和島機関区は宇和島運転区と名を変えた。昭和16(1941)年から使用開始された扇形庫はじめこの周辺の建物は、終着駅宇和島のSL黄金時代のなごりを濃厚にとどめた風景であり郷愁をかきたてる。
機関区
(運転区)事務所
原型をよく留めた機関区
(運転区)事務所


扇形機関庫蒸気時代の面影残す
扇形機関庫(※)
右側は愛媛県宇和島庁舎(地方局)
機関区のゲートと給水塔(写真右)
標語もノスタルジックな
機関区のゲートと給水塔(写真右)
※かつてはC12形式・8620形式のSLが配置されていた。この建物を上から見ると扇形になっていることから、扇形機関庫(ラウンドハウス)と呼ばれている。

●宇和島ゆかりの有名人たち 松山恵子と「お恵ちゃん電話ボックス」

宇和島に縁あるスーパースターといえば、あとにも先にもこの人お恵ちゃん=松山恵子=をおいて他はない。
7代目・宇和島駅の新駅舎完成2年後の平成12(2000)年11月25日、「鉄道唱歌100周年」(※)イベントの一環で、駅構内でお恵ちゃんコンサートが実現した。改札口左横に、携帯電話専用というユニークな電話ボックスも誕生したが、彼女の初期の大ヒット曲「お別れ公衆電話」にちなんでいる。
本名、岡崎恒好(つねこ)。昭和12(1937)年生まれ、小学生の頃父親の故郷宇和島市に移り、当時から中学時代まで堀端町の「なかむら軽音楽」(中村義雄氏主催)に歌のレッスンに通っていた。誰もレッスンへ来ない風の吹き荒れる台風の夜、停電になってもロウソクの火の下で練習を続けていたという頑張り屋で、当時から歌唱力抜群の天才的少女だったそうだ。
城北中学校卒業後、昭和29(1954)年7月、日本マーキュリーレコードの全国歌謡コンクールで優勝。翌年、同レコード会社より「マドロス娘」でデビューした。昭和32(1957)年「未練の波止場」を引っさげ第8回NHK紅白歌合戦へ初出場(合計8回出場)。「十九の浮草」「別れの入場券」「恋の三度笠」「おけさ悲しや」「思い出なんて消えちゃえ」「バックナンバー1050」「アンコ悲しや」「だから言ったじゃないの」など多数のヒット曲を持ち、現在もNHKテレビに華々しく登場。庶民派代表の大歌手『お恵ちゃん』は、今年デビュー50周年を迎えた。

※宇和島出身の国文学者、大和田建樹が作詞した『鉄道唱歌』は明治33(1900)年発行。当時としては10万部を超える空前の大ヒット、明治の旅ブームを巻き起こした。

松山恵子さん
松山恵子さん

お恵ちゃん電話ボックス
お恵ちゃん電話ボックス
(JR宇和島駅)

お恵ちゃん・宇和島駅コンサート




お恵ちゃん・宇和島駅コンサート
平成12(2000)年11月25日
【写真提供:河野藤夫氏】



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